インサイトと世話焼きの結果がコレだよ!

サイト及びpixiv再録。

 

※かっこいい跡部様はいません。 
※もう一度言います。かっこいい跡部様はいません。 
※どんな跡部様でもオールオッケーという方だけどうぞ。 
※閲覧は自己責任で。

 

 


 ストリートコートで噂の青学ルーキー一年と会った帰り。 
 他のレギュラーメンバーは既に自宅へと帰宅し、残ったのは忍足と跡部のみだった。まだ学校に用事が残っているから、と跡部の車で氷帝学園へと向かっている。二人の間に会話はなく、車の中は静寂で満ちていた。音楽もラジオもかかっていない。ただ車のエンジン音とガラス窓越しに聞こえる外音のみ。このような状況は別段珍しいことではない。忍足が跡部の車に同乗することは多々あるが、その場合いつもこのような状況だ。他の氷帝メンバーがいるときは多少うるさくなったりもするが、今は二人。何らこの状況におかしいことはない。おかしいことはないのだ、が。 
 忍足は横目で隣にいる跡部を見る。跡部は腕と足を組み、車の進行方向をじっと見据えている。これも普段の跡部なのだが。 
「なあ忍足」 
「……何や」 
 突然喋り出す跡部に忍足は嫌な予感を覚える。跡部はゆっくりと顔だけこちらの方に向けて忍足を見る。跡部の顔は真剣な顔だ。 
「何なんだアイツ」 
「青学の一年ルーキーやろ」 
「そんなことを言ってるんじゃない!」 
 わりと付き合いの長い忍足には「何なんだアイツ」の一言のみで跡部の言わんとしていることがわかった。わかったが、その話題は忍足にとってたいへん避けたい話題であるので、跡部の質問をさらりとかわす。跡部に対してなどそれも無駄なあがきだとは忍足も重々承知の上であるが、後々己の身に降りかかる災厄を考えるとこれくらいのあがきはしておきたい。 
「一体何のことを言っとるんや」 
「あの一年ルーキー、越前リョーマといったか。何なんだアイツは……一体何なんだッ!」 
 車のシートに自分の手を叩きつける跡部。忍足はそれを冷ややかな目で見ている。普段の跡部を知っているものが今の跡部を見たらとても驚くだろう。跡部は滅多に自分の感情を露わにしないし、年下の一年を相手にすることなどほとんどない。 
 跡部の手が小刻みにふるえている。息は途切れ途切れで、苦しそうに下を向いている。 
 そして何かに耐えきれなくなったかのように、勢いよくがばり、と顔を上げる。 
「アイツは……ッ!」 
 はあ、と吐き出した息は熱く、忍足を見上げる跡部の瞳も熱に浮かされている。 
「何であんなにすばらしい少年なんだ……ッ!!」 
 来たで、跡部の持病が。 
 跡部に気づかれないようそっとため息をつく。 
「何なんだ忍足アイツは少年好きの理想を全て形にしたような奴だったぞすばらしいすばらしすぎる身長は151cm体重41kgといったところか猫目で健康的な黒髪短髪で生意気そうなメゾソプラノハスキーボイスって理想的すぎるだろアイツは本当に三次元にいるのか二次元じゃないのかいや実在するよなこの目で確かに見たからな『そこのサル山の大将、試合しよーよ』って言われたからないやしかしこの台詞も素敵すぎるよなあの小さい体で生意気にこの俺を挑発してくるとか生意気すぎるよなそこがすばらしいんだけどなあの帽子の下から見上げる猫目がたまらなさすぎて俺は声を上げて発狂してしまうかと思ったぜ一体全体何者なんだろうなアイツはどんなやつなんだろうなアイツのプレーも見てみたいなああ畜生あのときヤセ我慢してあんなこと言わなければよかったそうだ今すぐ越前リョーマについて調べさせようもしもしセバスチャンかそうだ俺だ今すぐ青春学園一年越前リョーマという人物について調べろ事細かにだいいな今すぐだ!」 
 立海にいるという四つの肺を持つ男を凌駕するのではないかと思うほどの肺活量でマシンガントークを繰り広げる跡部。忍足の肩をつかみがくがくと揺らしながら喋っていて、途中から自分の頭を抱えたり携帯を取り出して電話をかけたりとせわしなく動いていた。 
 そう、跡部はいわゆるショタコンなのだ。 
 本人は「ショタコンじゃねぇ可能性ある少年が大好きなだけだ誰でもいいってわけじゃねぇ!」と頑なにそれを否定する。ちなみに本人に、「跡部も中学生やし、自分が好きな少年と同じなんちゃうん?」と言うとマジギレするので注意するように。 

 俺様何様跡部様の驚愕の事実を忍足が知ったのは二年の春である。 
 仮入部のころには150人程いた新入生もこのころにはおおよそ半分、70人程度に減っていた。実際に入部するメンバーが確定し、改めて一年生に自己紹介をしてもらおうという時。 
「日吉若一年B組、氷帝学園初等部出身、テニス経験はほぼありません。テニス以外の特技はそろばん。好きな言葉は」 
 長い前髪に隠れた目。真っ直ぐ前を向いているはずだが、日吉より身長の高い忍足には彼の目ははっきりと見えていなかった。隣にいる跡部も多分そうだった筈だ。それが、まるで忍足を射止めるかのように、一旦言葉を切って見上げてきたのだ。否、それは忍足に向けたものではなく、跡部に向けられていたものだった。前々から日吉が跡部を視線で追っていることは気づいていた。 
下剋上です」 
 一瞬辺りが静まりかえったのは日吉の言葉の意味が理解できなかったのか、あるいはその言葉と視線の裏に隠される意味に気がついたからか。 
 軽く礼をして自分が元いた位置に戻る日吉へ、ぱらぱらと拍手が起こり、日吉の次に自己紹介する予定の新入部員が前へと出てくる。ちらり、と横目で跡部の様子を伺うと、今まで見たことのない無表情を呈していて、さすがの忍足でもポーカーフェイスを保つのが大変なくらい驚いた。日吉のような生意気そうで、真面目で、努力家なタイプは跡部が好きそうなタイプなのだ。てっきり頼もしそうに口の端をつり上げているものだと思っていた。 
 その後も忍足は隣の男の様子が気になって仕方がなく、新入部員の自己紹介などほとんど聞いていなかった。 
(これはアカンなあ。後で跡部に一年のデータリスト見せてもらわんと) 
 その日の部活終了後、レギュラー専用部室で制服に着替えてから、跡部がいる部長室を訪れた。 
 コンコン。軽くノックをして跡部の返事を待つがそれもない。ドアノブを回すと普通に扉は開いたので、声をかけながら中へと入る。 
跡部、入るでー」 
 跡部の部長室は世間で言う校長室のような部屋だ。跡部が使う机に椅子、そしてその前にはレギュラー全員が座れるような高級ソファーとテーブルが並んでいる。ミーティングなどは専らこの部屋で行われている。 
「なんや跡部。いるんなら返事しいや」 
 中の様子を伺うと、跡部が椅子に座って机に肘をつき、手を組んでその上に顔を乗せながら、新入部員のデータリストを睨みつけていた。そのポーズはいわゆる碇ゲンドウポーズというもので、知る人ぞ知る有名なものだった。バックには窓があり、跡部は背中に暮れかけの夕日の光を受けていた。ロケーションと雰囲気ぴったりやな、と思いながら跡部の元へ近づいていく。 
「丁度ええタイミングやん。そのデータリスト見せてもらお思うて来たんや」 
 跡部の後ろからのぞき込もうとすると、それを拒否するようにデータリストを顔に強く叩きつけられた。何やねん、もうちょいジローに対するような優しさを俺にも向けてや…などぶつぶつぼやきながらも、データリストを受け取る。そちらに目を落とすと、跡部が先ほど睨みつけていた項目は例の新入生、日吉若のものだった。無表情を貫いていたがやはり跡部の興味を惹く存在だったのだ。未だ無言を貫く跡部を横目で一瞥し、再度データリストに目を戻してそれをぱらぱらめくっていく。 
「今年の新入部員は結構面白そうなやつが多そうやないか…跡部お気に入りの樺地やろ、鳳っちゅうやつも体格的にええもんもっとるし…何よりあの『下剋上』くん。」 
 わざと日吉の話題を最後に忍ばせると、跡部はぴくり、と反応を示した。忍足は跡部が何故か隠そうとしている感情を表に出させることが愉快でその後も日吉についてぺらぺらと、柄にもなく饒舌に言葉を重ねていく。今思えばこのときの忍足の行動が全ての元凶であったのだ。稀にみる大人しい跡部にテンションが上がってしまっていたあの時の自分を猛烈に殴りたい。 
「あいつ、テニス経験はほぼ無いって言っとったけど、中学入る前は部活動か――そうじゃなくても何か運動はやってたやろな。小学校卒業したばっかりのやつが何もしないであんな綺麗に筋肉つけてる筈がないで。それに、あの生意気な態度。この氷帝で生き残っていくためにはあれぐらいの気概がないとあかんしなぁ。本当、なかなか楽しめそうやん…って、何や跡部」 
 ぺらぺらと気分良く喋っていると左腕に違和感を感じてそちらを見下ろす。そうしたら何と、跡部が忍足の左腕を掴んでいるではないか。表情は先ほどと変わらず無表情。流石の忍足も何かただならぬ様子を感じ慌てる。 
「あ、跡部?どうしたん?」 
「忍足。日吉のこと、どう思う」 
「どう思うって、どういうことや」 
「だから、どう思う」 
 いまいち要領を得ない跡部の質問に戸惑いながらも忍足は日吉から感じた正直な印象を述べる。 
「そうやなあ。こっちを挑発するような態度してて生意気やとは思うけど、『下剋上』って言葉使ってる辺り一応俺らのことを尊敬してくれてるってことやん?プライド高そうで素直じゃないところがかわいらしいなあと、」 
 思うで。 
 そう続けようとした言葉は跡部の「てめぇ、わかってるじゃねぇか!」という今までにないくらい嬉々とした声に遮られた。その後の展開は言わずもがなというか何というか、もうお前本当に跡部やんな?と問いただしてしまいたい程だった。 
 一通り跡部の一方的な話を聞き終えてから落ち着いた頃に、忍足は色々質問した。 
 どうやら跡部は意外と世話焼きな性格が原因してなのか、伸びしろがあり努力している人物、または努力しているが報われにくい人物にとても魅力を感じるらしい。それが高じていつのまにかショタコン――跡部はそういう表現はしなかったが、忍足は確実にそうだと思う――になってしまったらしい。そういう女の子には魅力感じないんか?と問うと、そういえば、と鳩が豆鉄砲をくらったような反応を示した。跡部は可能性ある人物云々などとは言っていたが、結局のところ彼の性癖が元からショタコンなだけだったのではないかと忍足は考えている。こんなことを口にすると手酷い苛めを受けることはわかりきっているので死んでも言わないが。 
 それからというものの、跡部は忍足と二人になると必ずこの手の話し相手をさせられる。今までは誰かに言いたくても自分のイメージが崩れることや部員、生徒に対しての威厳などのために控えていたらしい。そんな一面を晒してくれるようになったということは、忍足を信用してくれている証拠なのだろうが、正直言って嬉しさ半分迷惑半分というところだった。 
 なかなか二人きりという状況が訪れないため、部活後に跡部がメニューの相談という名目で忍足を車で送ってくれることが多くなった。ジローや岳人は「忍足だけうらやまC~」「ユーシずるいぜー!」など羨ましがっているが、忍足は声に出して言いたい。そんなに良いものではないと。よくわからない話を高いテンションで小一時間聞かなければいけないし、ミーハーな女性徒からはホモ疑惑をかけられるしで忍足にとって良いことなど一つもない。 
 それでも忍足が根気よく跡部の話に付き合うのは、彼が氷帝の生徒会長兼部長としての苦労と努力を知っていることと、何よりも跡部が生徒会長だとか部長だという前に自身の友人であることだった。 
 一度スイッチが入ってしまったら止まらない跡部トークに、今日はあと二時間かかるな、と覚悟をしながら耳を傾ける忍足だった。

 

(2012.11.22)