人が恋に落ちる瞬間に見惚れていました
サイト及びpixiv再録。タイトルは『鳶色に眠る』さまからお借りしました。
俺はふわふわしたものが好きだ。
だから女の子も大好きだ。女の子はふわふわしてて柔らかいし、ぎゅっとすると落ち着く。それに加えて女の子はなんだかきらきらと光ってみえるときがある。なぜだかよくわからないけれど、そういうときの女の子は本当にかわいい。どうしてなんだろうね?と何でも知ってる忍足に尋ねてみたら、それはその子が恋してるからやろうなあ、と答えてくれた。
「女の子ってそれだけでかわいくなるもんなの?」
「甘いなジロー、女はスゴいで。たったそれだけのことで見違えるほど綺麗になったりするもんなんや」
「ふうん」
よくわからないなと思った。ただ忍足が俺に嘘をついたことなど一度もなかったから、それは本当のことなのだろう。
そして、それは男にもあてはまるものらしいということをつい最近知った。
U-17合宿の休憩時間。
俺はどこかの草陰であたたかな陽気にまどろんでいた。辺りに人影はなく、風が柔らかにながれる音だけが聞こえていた。ほのかに香る草のにおいも心地よくて絶好の昼寝日和。
しばらく目をとじてうとうととしていると、遠くからの人の気配にすこし意識を浮上させた。
(あとべと、えちぜん?)
草陰の間から自販機の前にいる二人の姿が見えた。身体を仰向け状態から起こし、茂みに隠れて2人の様子を伺う。この距離だとかろうじて会話は聞こえるようだ。
「よお、越前じゃねーか。こんなとこで何してんだ、アーン?」
「誰かと思ったらサル山の大将さんじゃん」
「生意気な態度は相変わらずみてぇだな。俺様の名前は跡部景吾だ」
「ハイハイ跡部さんね。俺はこれ買いにきただけっすよ」
越前がファンタの缶を持ち上げて見せる。ポップなデザインのそれに跡部は眉をよせる。
「お前、そんな甘ったるいもんばっか飲んでるから身長伸びないんじゃねぇのか?」
呆れたような言葉に、下から琥珀色の猫目が睨みつける。
「俺まだ中1なんで。成長期はまだまだこれからっす」
先輩たちやアンタたちが異様にデカ過ぎるだけっすよ、と飲み終えた空き缶を数m先のゴミ箱へ投げ入れる。
「それもあるだろうが栄養バランスは大事だぜ?特にプロのアスリートにとっては、な」
「別に俺プロ目指してないっす」
「そうなのか?」
予想外の答えに目を丸くする跡部に、越前は大きくため息をついて帽子を深く被り直す。
「皆同じこと言うんすよね。どーしてそう思うんすか?」
「それはお前があのサムライ南次郎の息子であることとか、テニスの強さとか色々あるが。第一お前自身がより強い相手とプレーしたいと思ってるだろう?」
「そりゃできるだけ強い人とプレーしたいっすけど、プロになるのはその目的を達成するための手段でしかないっすよ。俺はプロになることが目標じゃない。そういうアンタはどうなんすか」
帽子のつばの下から覗く真っ直ぐな視線に、跡部は言葉を詰まらせる。それを自分の言葉が足りず、言いたいことを理解してもらえなかったと捉えたのか、プロになるかどうかの話っすよ、と付け加えた。
跡部がプロへの道と、将来家を継ぐことの間で微妙に揺れ動いているのを俺は知っていた。目立ちたがり屋で破天荒な彼は、自分がトップに立ち会社を動かしていくことは嫌いじゃない筈だ。しかしそれに匹敵するほどテニスの存在が大きいのだ。初めはただの趣味程度にしか思っていなかったものが、それほどまでになった原因。それは唯一無二のライバル、手塚がプロを目指しているということ。
跡部の両親は良い人たちで、1人息子を大事にしている。跡部がテニスの道に進みたいと言えば彼らは喜んで応援してくれるだろう。それでも跡部は優しいから揺れ動くのだ。
言葉を返さない跡部に、越前は何かを悟ったようだった。
「ふーん。知らないっすけど、なんか随分重そうなモン背負ってるんすね」
同情ともとれそうな言葉に跡部は顔をしかめる。
「そんなんじゃねぇよ」
「そうっすか」
別段興味も無さそうな返事が返される。そのまましばらく会話が途切れる。
やがて休憩時間も終わりに近づき、この場を去ろうとする越前の背中に跡部は声を投げかげる。
「そういうお前こそしょーもない期待背負って身動きとれなくなってんじゃねえのか、アーン?」
「アンタ、俺がそんなちっちゃいやつだと思ってんの?」
振り向いた越前の表情は、いつもコートで見せる挑戦的なそれだった。
「実際小せえじゃねえか」
鼻で笑いながら自分の身長と越前の身長を比べるような仕草をする。そういうこと言ってんじゃない、と越前に脛を蹴られる跡部。うめき声を上げてその場にうずくまる。弁慶の泣き所とはよく言うが、あの跡部でも泣くのかと関心した。
不意に越前は自分の左腕を高くあげ、人差し指で頭上にある太陽を指し示す。
「方法がどうであれ、俺は上に行くよ。ただそれだけっす」
そして不敵に浮かべる笑み。それを下から見上げる跡部は、太陽のせいなのかそれとも別の理由のせいか、眩しそうに目を細めていた。
「ハッ、勇ましいな、王子様よ」
「そーいうあんたはらしくないんじゃない?」
「アーン?」
「アンタの事情とかには全くキョーミ無いけど」
上に向けていた指を、跡部の胸へと向ける。
「アンタのテニスには、キョーミあるんだよね、俺」
跡部は自分の胸に向けられた指と、その指を向けている本人の顔を黙って見比べる。
遠くから「コシマエー!どこにおるんやー!」と越前を呼ぶ声が聞こえた。それを聞きつけた越前は慌てて、「じゃ、そーゆーことだから!」と言い捨てて即座に逃げ出してしまった。
やがてこの場にたどり着いた西のルーキー、遠山金太郎が跡部を見つけて走り寄ってくる。
「あっ、氷の王様やん!なあなあ氷の王様、コシマエ見いひんかったー?」
うつむいている跡部の顔をのぞき込むと、遠山は素っ頓狂な声を上げた。
「氷の王様顔真っ赤やで!?大丈夫か!?熱でもあるんか!?」
オロオロする西のルーキーにも反応せず、ただ黙って下を向いている跡部。
離れた草陰からのぞき込んでいる俺にはあやすように跡部の背中をさする遠山とされるがままになっている跡部の後ろ姿しか見えなかった。跡部が今どんな表情をしているかもわからない。でも、うつむいて何かを耐えているような跡部の後ろ姿は、きらきらと光っていた。テニスをプレーしている跡部も輝いていてかっこいいが、その輝きとは違う何かだった。
(今の跡部を真正面から見たら、顔真っ赤でかわいいのかなあ)
表情が見れなくて残念だなあ、と思いながら休憩時間の終わりも忘れてゆっくりと眠ってしまった。その後、わざわざ探しにきてくれた忍足に、恋したら男でもきらきらするんだねえ、かわいいねえ、と言ったら何とも言い難い顔をしていた。
(2013.1.31)