僕、実はバイなんだ
サイト及びpixiv再録。淳と観月でちょっとエロティックなギャグ。
現在、観月はじめは自室で女装をさせられている。背後には観月に背を向けて座っている木更津がいて、先程からまだ着替え終わらないのかと観月を急かしてくる。
どうしてこうなったかというと、話は数日前に遡る。
観月と木更津は読書が趣味で、日頃からよく読んだ本についての会話を交わしていた。その日もテニスの練習が休憩のときに本について話していた。本の話を一通りし会話が落ち着いたところで木更津はそろそろ練習に戻ろうとした。そこで観月がいきなり、あ、と声を上げたのである。
「どうしたの観月。」
「いえ、ふと木更津くんに聞こうと思っていたことを思い出したんです」
「僕に?何?」
「この前話した本の中に『人を人たらしめるものは思考である』っていう言葉についてなんですけれど」
「ちょっと待って観月。それって『人を人たらしめるものはこころである』でしょ?」
口に手をあて、記憶を引き出すように考え込む観月。
「そうでしたか?……いえ、やっぱり『思考』だったと思いますけど」
「違うよ。その言葉、重要なポイントだったからよく覚えてる」
まだ首をかしげている観月に木更津はきっぱりと言い、観月でも間違えることってあるんだね、とつぶやく。
それを聞いた観月はむっとする。木更津は観月を怒らせる気などなく素直に思ったことをぽろっと言葉にしただけなのだろうが、逆にそこが観月の癇にでも障ったのだろう。人一倍プライドの高い観月のこころが事態を複雑に、そして自分にとって不幸なものに変えてしまったことは現時点で知る由もない。
「いいえ、僕は間違っていません。僕が間違えることなどあり得ないのですから」
「なら賭けをしようか?」
面白い遊び道具を見つけたというように木更津は楽しげな表情を浮かべる。普段はポーカーフェイスな木更津だが約1年、寮や部活で生活を共にしてきたテニス部レギュラーメンバーには少し表情を見せるようになってきた。今までの観月の経験からいえば、木更津がそのような表情をするときは大抵よからぬことを企んでいるときである。嫌な予感を察知した観月はその提案を拒否した。
「何を言っているんですか。そんなことで賭けなどくだらない。第一賭け事などやるものではないですよ。デメリットが大きすぎる」
「観月って案外臆病なんだね」
観月を挑発するようにくすくす、と笑う木更津。ある程度のスポーツマンは得てして負けず嫌いなものであり、例に洩れず観月もそうであった。一見優男風に見える観月ではあったが、売られた喧嘩は買う主義である。
「わかりました。その賭け、のりましょう。どうせ僕の勝ちは決まっているのですから」
「そうこなくっちゃね」
「で、何を賭けるんです?わかっているとは思いますが金銭的なものは駄目ですよ」
「当たり前じゃないか」
そうだなあ、と大きく首をかしげて考える木更津。その顔はほんとうに愉快そうで見ていて腹が立った。テニスに関わることなら観月が優位に立てるが、それ以外のこととなると木更津の方が優位に立つことが多い。なにせ木更津は口がうまいのだ。そのことをよく理解してるからこそ柳沢と組ませて一癖も二癖もあるダブルスペアにしたのだが、テニス以外では悪い意味で厄介だ。自分ももっと切り返しをうまくするべきかもしれない。
「あ、いいこと思いついた」
「なんです?」
『いいこと』にひどく嫌な予感を覚えながら聞き返す。
「負けた方は女装する」
その予感は見事的中してしまった。
賭けは観月の負けであった。人間はときに自分の都合のいいように物事を解釈してしまうところがあるが、今回の観月の間違いはまさにそれであった。しかし最大のミスは木更津の挑発に易々とのってしまった点だろう。
木更津が観月の負けを示す証拠を持ってきたと同時に、憎たらしいほどいい笑顔でナース服を差し出してきた。こんなものどこから持ってきたのだろうか、まさか木更津の所持品なのだろうかと訝しむ。観月の渋い顔から考えていることを悟ったのか、それ僕のじゃないからね、ノムタクの借りてきただけだから、と答える。
「こんなものを持っているなんて全く」
「まあノムタクの性癖はどうでもいいとして。観月、賭けの内容はちゃんと覚えているよね?」
「覚えていますよ」
「じゃあ、はい。着替えて」
にっこりと笑いながら観月にナース服を押し付けて観月の部屋に押し入ってきた。そうして現在の状況に至る。
観月も一応男である。今になってグダグダと文句を言うつもりはない(それでも最初はふんぎりがつかず躊躇った)
ナース服とナースキャップ、太ももの半分程度まである黒いタイツは既に着用した。が、木更津が持ってきた衣装はもう1つあった。
(これは……)
「それ、ガーターベルトだよ」
背後から声がした。ばっと振り返ると、こちらに背を向けていたはずの木更津がいつのまにかこちらへ向いて、椅子の背に手を置いて頬杖をついていた。
「着け方わかる?普通は下着の下から着けるものらしいけど今回はちょっと女装するだけだし」
そういいながら木更津はさらっとスカートをめくり、その中を覗く。
「な、何してるんですか木更津くんっ!!!」
「観月はボクサーパンツか。それならパンツの上から着けても大丈夫だね。ほら、自分で着けられる?」
「ちょっと聞きなさい!君今何をしたかわかってますか!それにどうして女物であるガーターベルトについてそんなに詳しいんですか!」
「だって千葉にいるころ結構女装してたし」
は?
1つ目の質問が無視されたことへの怒りよりも、2つ目の質問への返答への衝撃がはるかに凌駕した。
「木更津くんはそういう性癖だったんですか」
「はぁ?何言ってんのさ」
「いえ、いいんです!国際化が進む昨今、色々な人がいるということは認められなければいけませんからね全くそういうことに抵抗がないといっては嘘になりますがだからといって木更津くんを批判したりはしませんどんな木更津くんでも木更津くんは木更津くん僕たち聖ルドルフ男子テニス部のチームメイトですそれは変わりませんですから、」
「勘違いしないでよ」
はあ、と大きくため息をつく。
「僕千葉にいた頃は髪長かったでしょ。だから文化祭とか何かの余興、部員同士のふざけ合いとかでやらされることが多かったの。女装なんてただのおふざけだし、やる時は亮も一緒だったからそんなに抵抗なかったし」
「そうだったんですか」
口では納得したかのようなことを言っているが、その目は完全に木更津を優しく見守り、そして憐れむかのような目だった。いいんです、木更津くん。そんなに必死に隠さなくても僕にはわかっていますよ。そのような言葉が聞こえてきそうな表情を観月はしており、木更津はちょっと頭にきた。この賭けで観月をからかおうとしたのに、いつのまにか観月のペースにのせられることに気づいた。これはたいへん面白くない。どのようにして木更津のペースに戻そうかと思案する。苛々させられる観月の顔から視線をふと外すと、観月の手に握られたガーターベルトが目に入った。
(いいこと思いついた)
木更津は観月の手からガーターベルトを取り、椅子から立ち上がって観月の目の前に立つ。そしてベルトを持ってない方の手でスカートをまくり、観月の太ももへ手をするりと這わせる。
「ッ!」
「観月自分でつけられないんでしょ?僕がつけてあげるよ。」
観月より少し身長の高い木更津は上から見下ろす。上から見る観月は怒りと羞恥で顔が真っ赤になっていた。くすくす、と笑い声がもれる。
「かわいいね、観月」
「ふざけないでください木更津くん!早くその手をどけてください!」
「手?手ってこの手かな?」
太ももに這わせている手を、すすす、と上にすべらせスカートをより持ち上げる。
「き、木更津!やめなさい!」
「ねえ、観月」
木更津は顔を吐息がかかりそうなくらいに近づかせる。
「僕ね、」
ガーターベルトを持った手が観月の顎を捉え、くっと上を向かせる。
観月は自分の上方に見えるうつくしい微笑を浮かべた木更津の表情に、ぞわりと嫌な予感が背中を走った。
「実はバイなんだ」
ヒュッ、と観月の喉が鳴る。ほほに手がのばされ、顔がより近づいたその瞬間、
「観月ー?ちょっと聞きたいことがあるんだけ、ど」
「ちょ、部長!ノックも無しに入るなんて……え?」
ガチャリとドアが勢いよく開き、部屋へ入ってきたのは赤澤と裕太。
「どうしただーね、2人とも。急に止まって」
そしてその後ろからひょい、と柳沢が顔を覗かせた。
3人が部屋に入って目に入ったのは明らかにおかしい体制で絡んでいる観月と木更津。ぴしり、という音が聞こえてきそうなほどに空気が固まる。その中でも木更津だけ何もないかのように「あれ、赤澤に裕太に柳沢。どうしたの?」と3人に声をかけた。それに対して裕太と柳沢は「えっ…あっ…えっ?」とただ戸惑うばかりだった。赤澤はというと、木更津と観月の体制を見てその通りに誤解したようで、何か悟りきったような顔をした。
「あー、わかった、俺たちの用事は後でにするわ。邪魔して悪かったなー!」
ホラ行くぞ、と戸惑う裕太、柳沢を促して部屋から出て行った。
「あれは完全に勘違いされたね」
「ッハイ!?」
「ちなみに僕がバイっていうの、嘘だから」
観月を困らせたかっただけだから。にっこりと笑って、そしてごめんね?と言う。
その日、未だかつてないほどの観月の叫び声が寮内に響いたという。
(2012.09.16)